中学受験まで残りあとわずか。今回は具体的な学習法のアドバイスと、わが子(受験生)に対する親の関わり方についてお話ししましょう。
これまで何度もこのコラムで語ってきたように、受験勉強の究極の目的は、
「自ら、自分のために学ぶことのできる子」
「自ら、自分の人生を切り開いていける子」
「挑戦し、結果が成功でも失敗でも、すべて自分の人生の糧にできる子」
を育てること。つまり、「親離れさせ、自立させること」です(拙稿『小6で成績が下がり始める二つの理由』をご参照ください)。
しかし、それは「親は一切口出しをせず、子どもにすべてを委ねる」という意味ではありません。自分で計画を立て、それを状況に応じて修正し、優先順位をつけて学習することができる受験生なんて、せいぜい1%程度でしょう。
私たちの塾では、お母さんが仕事をもつ「ワーママ」のご家庭と、幼い弟妹のいる子だくさんのご家庭の比率が非常に高く、パパやママがずっと勉強机の横に張り付いていられるケースはごく少数です。だから私たちは「クラスごとの掲示板」に、優先順位をつけた毎日の「ToDoリスト」を掲載し、勉強が終わったあとで学習履歴を記録したものを、定期的に提出するようお願いしています。
受験勉強の作業工程と進捗状況をコントロールしてあげるのは、塾と保護者の共同作業なのです。
ただし、大切なのは、「ノルマ」を全部こなすことではありません。
入試問題の制限時間はふつう、1教科40~50分程度。だから、塾の宿題などをこなす場合でも、「50分程度」を一区切りとし、小休止をはさむ。そのかわり、その50分間はトイレに行くのもお茶を飲むのも禁止。
私たちの塾では6年生の授業は1コマ100分ですが、できるだけ50分程度で区切りをつけています。そのタイミングで水分補給やトイレに行かせたり、ストレッチをさせたり、馬鹿話で緊張をほぐしたりもします。ボクシング選手が3分集中・1分休憩を身体に刻み込ませるように、受験生は、50分集中・5~10分リラックスというリズムを徹底することが大切なのです。
同じ教科・教材を何時間も続けて学習するのもあまりおススメできません。たとえば、こんな感じで学習計画を立てるとよいでしょう。
(1)16:30~17:20 計算問題と漢字の書き取り
(2)17:30~18:20 算数の問題集(塾の宿題)
~夕食・休憩~
(3)19:20~20:10 ××中の過去問(国語)
(4)20:20~21:10 社会のテキスト(塾の宿題)
~入浴・休憩~
(5)22:00~22:50 予備タイム (2)で終わらなかった問題をやる/(3)の解説を読む、など
~就寝~
とにかく「50分間」の集中力を高めることを最優先課題として、塾の先生にアドバイスを受けたり、親子で取り決めをしたりして、学習スケジュールをしっかり決めましょう。
「宿題と過去問に追われて、復習をする時間がとれない」という不安の声もよく耳にします。
「必ずその日のうちにテストや過去問の復習をする」「きちんと復習ノートを作る」……。至極真っ当で、正しい学習方法のように聞こえますが、私はちょっと懐疑的です。
理科や社会、国語の知識問題は、すぐに見直しをするべきでしょう。ですが、算数や理科の計算分野に関しては、丸つけをしたり、塾で解説授業を聞いたりした段階で答えの数値を覚えてしまいますから、直後に問題を解きなおしても、効果はあがりません。
私は、週末に1~2時間程度、「1週間の振り返り」をするようにアドバイスしています。間違えた問題に付箋(ふせん)をつけておき、授業で聞いたことを思い出しながら、「解きなおし」をする。もし忘れてしまっていたら、ノートや問題集の解説を見直す。見直しながら、先生がどんな話をしてくれたのかを振り返る。理科で「岩石の分類」の問題を間違えたのであれば、間違えた問題そのものだけでなく、テキストに掲載されている「岩石の分類表」全体を見直して、「関連づけ」をしながら復習するのです。
過去問や模擬試験のすべてについて「復習ノート」を義務づけている塾もあるようですが、私は、そこまでやる必要はないと考えます。
確かに、面倒見のいい私立女子校では、小テストや定期テストの問題と解答用紙をノートに貼り付け、解きなおしをさせる指導を徹底しています。ただ、これは「中学生」の「女子」だからこそ、そしてテストの出題分野が定められているからこそ、意義があるのです。小学生男子の作った復習ノートなんて、本人も解読できない場合がほとんどですし、膨大な時間がかかるだけで、実はテキストをだらだらと丸写しするようなことになってしまうのが関の山です。
まして中学受験は出題範囲が広く、それをノートにまとめあげることなど不可能でしょう。受験生本人には、最低限必要な超重要事項や、絶対にマスターすべき算数の解法についてだけ、「マル秘必勝ノート」みたいなものを作らせれば事足ります。あとは私たちが、繰り返し復習できるようなカリキュラムと教材を作るしかないのです。
ここまでが具体的な学習方法についてのアドバイスです。端的にまとめるとすれば、スケジュール管理に関しても、復習に関しても、「子どもを信用しない」こと。その1点につきます。
12月に入ってから、担当している6年生の2クラス約50人の保護者面談を実施しました。
「私たちも『腹を括(くく)る』覚悟ができました。第1志望のA校が厳しいことはわかっていますが、最後まで挑戦させます。ただ、第2志望のB校の方がウチの子には向いていると思うので、B校に進学できたら大満足です。ただ、『B校でもいいや。校庭も広くて楽しそうだし。C校も家から近くていいなあ』と呑気な顔で息子に言われると、このままB校やC校に進学したら、ずっと安直な人生を送り、どこかでものすごく痛い目にあうような気がして不安なんです」
まさにその通り。親が腹を括っても、受験する当人がその気にならなければ、話になりません。
「でも、実は彼、絶対にA校に合格できると思っているでしょ?」
「……。そうなんです。昨日も過去問を解きながら、『オレ、A中だけは落ちる気がしないんだよな~』だなんて。全然合格点に届いていないのに、すっかりA中に進学するつもりで『やっぱ、部活はクイズ研かなあ』なんて口にしたので、1時間説教しちゃいました。こんなおバカな受験生、いませんよね?」
「いや実は、たったいま面談したご家庭も、まったく同じ話だったんですよ……」
女の子の場合は、成績の良い子ほど、「このままじゃ受からない。どうしよう」と悩むというのに、男子は成績にかかわらず、ほぼ全員が「なんとかなる」と信じ込んでいます。「合格可能性30%」という模試の結果を見ても、「3回に1回は受かるんだ。楽勝じゃん」くらいに思っている。
オトナになってからも、ギャンブルとか投資にのめり込んで「次は絶対に勝てるはずだ」という根拠のない自信のせいで身を滅ぼす男性が目立つのは、ひょっとすると男性固有の「Y染色体」のせいなのかもしれません。
いずれにせよ、親が何を言っても、本当の意味での「危機感」は芽生えてきません。彼らは「A中には受かる」と妄信している上に、「パパとママは絶対にボクのことを愛している」と信じているからです。
女の子でも、精神的に幼い子の場合は、上述の男子とほとんど同じですが、とうに第二次性徴を迎えた女子の場合は、母親との葛藤が親の一番の悩みになります。こうしたケースでは、父親はすでに「異物」視され、あまり口もきかなくなるので、もっぱらストレスのはけ口が母親になります。
「私の対応の仕方が間違っていたのでしょうか? この間のテストでも第1志望の合格可能性が50%しかなかったと言って涙を浮かべているので、『偏差値の高い学校がいい学校とは限らないのよ。私は、あなたがよく頑張ってきたのはよくわかっている。だから仮にどんな結果でも、合格できた学校があなたにとって一番ふさわしい学校だと信じて、最後まで応援するからね』と声をかけたら、『やっぱりママは私がD中には受からないと思ってるんだ。ママなんて大嫌い!』と言って、部屋に閉じこもってしまって……」
これは「ママの責任」ではありません。そのときにもし、「大丈夫よ。まだ1か月以上もあるんだし。あなたならきっと合格できる」と答えたとしても、「ママは私の気持ちなんか全然わかってない! 私がこんなに苦しんでいるのに」などと言って、やはり部屋に閉じこもるでしょう。
この段階の女の子は、ママにとっては「街ですれちがった不良やチンピラ」のように、目が合えば「なにガンつけてんだよ」と絡まれ、目を逸らせば「なにシカトしてんだよ」と絡まれる……。例えは悪いかもしれませんが、とにかく「どうせ喧嘩を売られる」ことに変わりはないのです。
思春期にさしかかった女の子にとって、ママは「ロールモデル」であると同時に、「同性のライバル」でもあります。仕事をしながら、子育てや受験の手助けもしてくれるママ。幼い弟や妹の世話と家事に追われながら、お弁当をつくり、送り迎えをし、学校見学や個人面談にも行ってくれるママ。
傍(はた)から見て、「いいお母さん」であればあるほど、娘のライバル意識は強くなることが多い。尊敬する大好きなママだからこそ、私の弱さや辛さをもっとわかってほしい。自分でもわかっていることを先回りして言われると、なんだか素直に受け止められず、反発してしまう。そんな自分が嫌だから、余計に感情的になってしまうのでしょう。
これは中学入試の国語でよく出題される小説の「古典的主題」のひとつなのです(ちなみに最近はこの手の物語文が男子校でよく出題されています。男子にとっては「異星人との交流」よりも理解困難なテーマです)。
長い文章になってしまい恐縮ですが、これが最後のアドバイスです。
呑気すぎる(主に男子)受験生と、喧嘩を売りたくて仕方ない(ほぼ女子)受験生に対して、親はどんな関わり方をするべきなのか。
極論すると、「親の力でなんとかしようと思わない」こと。これが最良の手段です。
もっと甘えたい気持ちと、いつまでも親の言うがままではいたくないという気持ち。
依存したい気持ちと、独り立ちしたいという気持ち。
いよいよ受験という「次のステップ」に向けてのカウントダウンが始まると、そのアンビバレントな感情の両方が、ますます高まってきます。受験が終われば、とりあえずは本人の心理的な葛藤も軽減され、親のストレスも解消します。それまでは、子どもの感情を親がコントロールできるなどと思いこまない、コントロールしなければならないなどと考えないことです。
私たち塾教師の使命は、受験に必要な学力をつけさせることと、最高の学校選択と受験作戦のためのアドバイスをすることですが、この時期には、もっと大切な役割があります。それは、極度の緊張関係にある親子の間に立って、保護者にとっては信頼できる受験指導のプロとして、子どもたちにとっては一番自分の気持ちをわかってくれる「先生」として、第三者の立場から励まし、冷静な助言をすることです。
「すべてお任せください」などと大見得を切るほど、私たちも時間的・精神的な余裕はありません。ですが、とりかえしがつかないほどに親子関係がこじれたあとで「相談」されるより、とりあえずどんな小さなことでも電話なりメールなりでご連絡いただけるほうが、ありがたいですね。
親子関係が可能な限り円満になるように、「信頼できる第三者」として、我々も力添えしていく覚悟です。
いろんなことを書きましたが、苦労が多いほど得るものが多いというのは、子育てと受験に関しては間違いなく真実です。心から子どもたちを祝福する日が訪れるまで、一緒に頑張りましょう。
後藤卓也
読売オンライン
2017.12.18 から転載