仏教主義の男子校がバイオリンで教える本質(芝中学校)

 

名門進学校で実施されている、一見すると大学受験勉強にはまったく関係なさそうな授業を実況中継する本連載。第4回は東京の中高一貫男子校「芝」の「深イイ授業」を追う。


■バイオリンの音に「正解」はない

 「芝温泉」と呼ばれるほど、のどかで温かい校風で知られる芝中学校・高等学校は浄土宗大本山増上寺に近接している。学校のルーツは、江戸時代に増上寺の境内に作られた、僧侶養成と従弟教育の機関にまでさかのぼることができる。

 校訓は「遵法自治」。「遵法」とは法に従うこと。法律という意味ではない。宇宙の法、永遠の真理などに逆らわずに生きることを意味する。「自治」とは、自主・自立の態度で自分を治めること。

 教育理念は「共生(ともいき)」。いつも謙虚に周囲の人々の意見や行動を受け入れ、吸収し、信頼し、尊重すること、そして、その共同体を構成している1人が自分自身であることを自覚することを意味する。

 要するに、いわゆる仏教主義の男子校ではあるのだが、抹香臭さはみじんもない。むしろ古い男性像を打ち破り、21世紀の男女共同参画社会を生きる男性を育てる教育を実践している。

 その一例が、中学校の3年間を通して実施されるバイオリンの授業だ。音楽室には50挺のバイオリンが用意されている。1人1挺ずつバイオリンを使って、全員がバイオリンの弾き方を習う。

 「最初はみんな『本当に弾けるようになるのかな?』と不安な様子です。そこでしょっぱなは、葉加瀬太郎さんのDVDを見せるなどして、興味をもってもらうことから始めます」と、音楽科の鈴木太一教諭。

周りの音を聞きながら

 中1の3学期の授業を見学した。

 「この前の授業では音階のチェックをしました。今日のキーワードは音感です。音感という言葉を聞いて、どんなことをイメージしますか?」

 鈴木教諭が問いかける。

 「絶対音感!」

 生徒の1人が即座に呼応する。

 「そうだな。音感とは何かを単純に言うと、音を感じる力ね。今日はワンランク鋭い音感をもってこの教室を出て行ってもらおうと思っています」

 この日は、音程の「広い」「狭い」という概念をくり返し説明した。それを意識することで音感が鋭くなるという。

 ホワイトボードにバイオリンの弦に見立てた線を書く。

 「1個目のシールはこの辺にあるとするよね、2個目がこの辺だとすると、3個目はどの辺にある?」

 「せま~い」

 「じゃあ、3個目と4個目の間は?」

 「ひろ~い」

 「実は、そうなっているんです。音程の広い狭いがわかっていると、みんなみるみるうちに音感が良くなるから、ちょっと意識してみてください。ではバイオリンを出してください」

 ピアノ、リコーダー、ハーモニカなどは、正しく入力すれば決まった音が出力されるようにできている。しかし弦楽器の場合、弦のどこを押さえるか、たった数ミリメートルの違いで音が変わる。狙った音を出すためにどこを押さえればいいのか、授業用のバイオリンには目安としてシールを付けてはあるが、正解はない。

■いろいろな感覚が一度に鍛えられる

 鈴木教諭のピアノの音に合わせ、全員でバイオリンを弾く。「はい、狭いよ」「次、広いよ」と音程の広さ狭さを意識させるように声をかける。

 「ボウイングがずれている人がいるよ!  指の動きが全員ぴったりそろうように、周りをよく見てください。もう1回同じことをやりますよ」

 ボウイングとは、弓を動かすことだ。上下ふたとおりの方法がある。

 「次は、『キラキラ星』いきます。このときも音感を意識してくださいね」

 ホワイトボード上のキラキラ星の楽譜を指さしながら、「ここは広いよ」「ここは狭いよ」と確認したり、バイオリンに貼られたシールの位置を実際に確認しながら、音感を鋭くして、正しい音程をとらえることに意識を向ける。

 「今聞いていてね、みんなだいぶ音感が身に付いてきた気がするよ」

 その後も、クラスを半分に分けたり、リズムを変えたりしながら「キラキラ星」を練習する。ときどき注意を促す。

 

 

自分と全体との間で微調整を繰り返しながら

 「自分のことでいっぱいいっぱいになっちゃうのはわかるんだけど、周りをよく見て。周りを見て、自分が正しくボウイングの上下をできているかどうかを確認することがすごく大事です。いろんなところに神経を張っていなければいけません。手元の広い狭いも見ていなければいけないし、見るのと同時に感じてなきゃいけないし、視界のどこかで周りを見て、ボウイングがあっているかどうかを確かめなきゃいけない。バイオリンを弾いている瞬間は、みんなのいろんな感覚がめちゃくちゃ鍛えられるよ。ぼーっとやっているだけだと鍛えられない」

■エプロンの自作や指輪のデザインにも挑戦

 50挺のバイオリンをそろえることは、音楽教師の思いつきでできるものではない。芝でなければ却下だったかもしれないと私は思う。進学校として知られる芝ではあるが、音楽や美術、家庭科に力を入れていることでも有名なのだ。旧来の男子校の蛮カラな「男らしさ」とは一線を画する、新しい男子教育の実践ともいえる。

 たとえば家庭科では、調理実習で使用するエプロンを自作することから始める。美術では自分で指輪をデザインし、シルバーアクセサリーとして完成させる。できた指輪を母親にプレゼントする生徒もいる。

 バイオリンという繊細な楽器を扱わせることも、芝流男子の育て方にフィットしたというわけだ。

 「バイオリンは周りの音を聞きながら、音を探りながら、ようやく弾ける楽器です」

 授業中、何度も「周りを意識しなさい」と言っていたのはこのためだ。協調性が求められる楽器なのだ。

 「音を出すには、1度自分の内にあるものを取りにいかなければなりません。そしてそれを実際にアウトプットしてみます。すると周りの友達が出している音とは微妙にずれていたりすることに気づきます。そこで自分の音を微妙に調整して、ギャップを埋める必要が出てきます。そうやって一人ひとりが全体を意識して、その試行錯誤のプロセスの繰り返しによって、初めてバイオリンの合奏が可能になるのです」

 芝の教育理念「共生」と同じである。自分があるからこそ全体があり、全体があるからこそ自分がある。自分と全体との間で微調整を繰り返しながら、全体最適化と自己最適化を同時に達成する。

 「響き合う社会」。芝ではそういう社会を構成する未来人を育てている。

 

 

おおたとしまさ

 

 

東洋経済オンライン 3/8(水)

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